師走に入ってすぐの週末1本の電話が入りました。
「火災を起こしてしまったのですぐ来て欲しい。」
火は消えたとのことでしたが大急ぎで現場に向かいました。状況としては、厨房のレンジ廻りと窓が開いていたため消火に使った消火器の粉末で室内、外構部それと上階の壁付近を白く汚す状態でした。出火の原因をたずねると、唐揚げを油にかけその場を離れた時だったとの回答です。幸い軽微で済みましたが、事と次第では大変被害と出火した飲食店は責任を負うこととなります。
もしもの時に備えて保険に入っていると思いますが、火災保険といえども爆発や火災で周辺に被害が及んでも一切賠償金が出ないものが大半です。今回のような災害が発生した時の為にキチンと火災保険について覚えて頂きたいと思います。
火災を起こした借家人の賠償責任範囲を知る
飲食店が、爆発ではなく出火元となった場合に賃貸借物件だったと想定して賠償責任範囲を考えて見ます。
<失火原因> 瞬間湯沸かし器のスパークなどによる軽過失だとします
- 隣家や隣室への賠償 ・・・ 損害賠償責任を負わない
- 大家さんへの賠償 ・・・ 損害賠償責任を負う
※「重過失」とは、わずかな注意さえすれば、たやすく結果を予見することができるのに、漫然とこれを見逃したり、著しく注意が欠けている状態をいいます。つまり過失の注意義務違反の程度が大きい状態をいいます。
例:天婦羅の油を火にかけたまま、その場を離れていたために出火
軽過失にせよ重過失にせよ程度の差はことなるものの何らかの不注意があって火事になっている訳です。これをして、借家人の不法行為による損害賠償という隣人、隣室に対する債権が発生することとなります。
そもそも火事を起こした火元になった場合、どの法律でどのような責任を負うのか整理してみましょう。
火事に関する法律を解りやすく整理
第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
この法律には特別法が付帯しています。「失火ノ責任ニ関スル法律」という1条しかないものなのですが、
民法709条の規定は失火の場合に適用せず 但し失火者に重大な過失ありたる時は此の限りにあらず。
つまり重過失は賠償責任を問うが軽過失の場合は問わないと定めています。これは、木造家屋の多い日本では延焼の可能性が高く、軽過失で多額の賠償責任を負わせるのは酷だとの判断のようです。
ところが、軽過失の場合であっても大家さんに対しては損害賠償責任を負うことになっています。これは何故なのでしょうか?
ここには別の法律が関わってくるからです。
民法415条 債務不履行責任
この法律が何に関わってくるのかと言うと、賃貸借契約書に必ず入っている「原状に復して返還する」という原状回復義務と密接な関係があります。
飲食店舗としてお借りした物件で火事を出してしまった場合、元に戻して(原状に復して)返還する義務を負うこととなり、返還できなければ債務不履行となるのです。
つまり、民法709条は不法行為を規定したものであって、債務不履行となれば民法415条の別の責任が発生するという訳です。
ここまで読むと契約書にそこまで書いてあったのかと疑問に思われる方がいらっしゃると思います。私の知る限りではそこまで明確に求める契約書は見た記憶がありません。一般的には「火災保険に加入すること」と書いてあるだけです。不動産を扱う専門家でさえ火災保険種類やそれぞれの補償範囲を分かっている方は少ないものです。
では、飲食店を借りる借家人の入るべき火災保険について考えて見たいと思います。
借家人賠償責任保険に加入すべし
この保険は、賃貸借物件で借家人が「火災」や「爆発」などを起こし、大家さん所有の建物や賃貸室に損害を与えてしまった場合、借家人が大家さんに対して修理・修復などの賠償責任を負った場合に支払われる保険です。
但し、この借家人賠償責任保険に単独で入ることは出来ません。借家人がご自身の家財が火災で燃えてしまった場合の為に入る火災保険のオプションとなっています。ですので、不動産会社が薦める火災保険に加入されている場合などは保険証書を改めてご確認頂くと火災保険に借家人賠償責任保険がセットされているどうかすぐに判明します。
これから飲食店を目的とした不動産を借りる予定のある方や契約更新時に火災保険に入り直す方がいらっしゃれば是非確認なさってください。
大家さんもご自身の財産を守るために保険は入っているのが一般的です。火災保険に地震保険等々。いかなる災害が起ころうとも財産を守り不動産収入を途切れさせないようお考えの方がほとんどです。
だからと言って借家人は保険に入らなくてもよいというものではありません。不法行為と債務不履行に対する責務を果たさなければいけないことはお分かりいただけたと思います。
しかし、実際に火災が起きてしまった際に、例え時間をかけて争ったとしても借家人にその賠償責任を問えない場合が多く、結果大家さんがご自身が多額の負担を強いることになります。こうした事態を避けるためにも、借家人は火災保険に入る際に借家人賠償責任保険に加入しておいた方が良いのです。また大家さんも契約時に借家人に対し同保険加入を義務つけることをお薦めします。
~まとめ~
冒頭でご紹介した飲食店ですが、借家人賠償責任保険に加入をされていた関係で店内、外構部の清掃費などすべて保険が適用され一安心でした。もし火が燃え広がっていたとすれば明らかに重過失となりますので大変なこととなったはずです。飲食店のオーナーにはその旨お伝えして二度と同じような火災を出さないようお願いをしてきました。
今回の一件で、飲食業を営むにあたっては火災保険、借家人賠償責任保険の加入が広く認知されれば大家さんも借家人である飲食店も安心して日々を過ごせるのだと認識を新たにしました。