居抜き飲食店の厨房内で排気ダクトと消防設備を確認する開業予定者と設備担当者

居抜き物件は、厨房設備や内装を引き継ぐことで、開業費用と工事期間を抑えられる可能性があります。

しかし、前の店が営業していたからといって、そのまま安全に営業できるとは限りません。

引き継ぐのは厨房機器や内装などの「物」だけではなく、設備の不具合、行政からの指導、近隣とのトラブルまで含まれることがあります。

今回は、私が実際に見聞きした3つの事例を基に、居抜き物件を契約する前の注意点を紹介します。

居抜きの問題は重要事項説明だけでは分からない

飲食店の居抜き物件では、主に次の2つの取引が行われます。

  1. 大家さんから建物を借りる賃貸借契約
  2. 前テナントから内装や設備を譲り受ける造作譲渡契約

不動産会社が行う重要事項説明は、建物や賃貸条件など、法律上説明が必要とされる事項を確認するものです。

一方、厨房機器やダクトの状態、消防から受けた指導、前テナントと近隣との約束などは、法定の重要事項説明だけでは確認しきれないことがあります。

重要事項説明を受けるだけで安心せず、造作や設備について前テナントから書面で説明を受け、専門業者にも調査してもらう必要があります。

実例1 消防の改善指導を隠していた焼肉店

台東区に、駅から近く立地にも恵まれた焼肉店の居抜き物件がありました。

各テーブルに排気設備が設置された焼肉店の居抜きは希少です。物件を見つけたAさんは、他の人に取られることを心配し、内見した日のうちに申し込みました。

契約と造作代金の支払いを済ませ、内装工事も終了。ところが、消防署へ検査を申し入れた段階で問題が発覚します。

前の店では過去にボヤが発生し、消防から次のような改善指導を受けていました。

  • 排気ダクトに火の逆流を防ぐダンパーがない
  • ダクト内部に油脂が付着している
  • ダクトの交換を含む改善が必要

前テナントは、その事実をAさんへ伝えていませんでした。

Aさんは抗議しましたが、前テナントは造作代金を借入金の返済に充てており、返金できないと回答。営業開始が遅れれば賃料負担も増えるため、Aさんは自費で大掛かりな改修工事を行うことになりました。

前の店が営業していたことは、消防設備に問題がないという証明にはなりません。特に焼肉、焼鳥、中華などの重飲食業態では、契約前に消防署へ相談し、厨房・換気設備に詳しい業者と現地を確認する必要があります。

実例2 深夜営業できると思い込んでいたバー

居抜きのバーで深夜営業の可否と賃貸借契約書を確認する開業予定者
前店舗の営業時間を信用せず、契約条件と深夜営業の可否を事前に確認する。

港区の住宅街に、2階と3階を使用するメゾネット型のバーの居抜き物件がありました。

Bさんは、昼はカフェ、夜は深夜まで営業するバーを計画。前の店も深夜まで営業していたと聞き、自分も同じように営業できると思い込んで契約しました。

問題が分かったのは、開店予定日の約1週間前です。

警察署へ深夜営業の届出に行ったところ、その場所では予定していた深夜の酒類提供ができないことが判明しました。さらに、契約書にも深夜0時以降は営業できないことが記載されていました。

この事例は、前テナントが問題を隠していたのではなく、借り手自身の確認不足と思い込みが原因です。

深夜0時から午前6時まで酒類を提供するバーや酒場などは、警察への届出が必要で、営業できる地域によって用途制限があります。警視庁「風営適正化法における許可・届出の対象となる営業」

前の店が深夜営業していたとしても、適法に営業していたとは限りません。契約書の営業時間、貸主の承諾、用途地域の規制を契約前に確認する必要があります。

実例3 排気ダクトの越境を隠していた飲食店

隣接する建物との境界付近に設置された飲食店の排気ダクトを調査する担当者
既存ダクトの経路と設置位置を確認し、隣地への越境や使用承諾の有無を調べる。

千代田区に、長年営業していたうどん店の居抜き物件がありました。

Cさんは、この物件を借りて、とんかつ定食を中心に夜は居酒屋として営業する計画を立てました。

ところが内装工事が始まると、隣地の所有者からクレームが入ります。既存の排気ダクトの一部が、隣地へはみ出していたのです。

前のうどん店は、以前から隣地に改善を求められていました。しかし、多額の費用をかけて設置したダクトを直すことができず、問題を抱えたまま営業を継続。その事実をCさんへ伝えないまま、造作を譲渡していました。

新しい借り手に変わったことを知った隣地所有者は、Cさんへ越境の解消を求めました。Cさんは、知らされていなかった隣地トラブルまで引き継ぐことになったのです。

設備が建物に付いているからといって、正しい位置に設置されているとは限りません。排気ダクト、室外機、看板、給排水管は、経路と設置場所を目視し、隣地や共用部分へ出ていないか確認する必要があります。

なぜ大家さんは居抜きを嫌うのか

3つの事例に共通するのは、前の店の設備や営業方法を「そのまま引き継げる」と考えてしまったことです。

居抜きで引き継げるのは内装や設備の現物であり、次のものまで自動的に引き継げるわけではありません。

  • 設備の安全性
  • 行政上の許可や届出
  • 消防からの指導がない状態
  • 近隣からの黙認
  • 営業時間や営業方法
  • 設備を設置し続ける権利

スケルトンで返却されれば、前テナントの厨房設備やダクトは原則として撤去されます。設備の欠陥や越境などの問題も、次のテナントへ引き継がれにくくなります。

一方、居抜きで問題が残されると、消防設備の改修、故障した機器の撤去、近隣からの苦情などが、最終的に建物を管理する大家さんへ持ち込まれます。

造作代金を受け取るのは前テナントでも、残された問題に対応するのは大家さんと新しいテナントです。これが、大家さんが居抜きでの引き渡しを嫌う理由の一つです。

契約前に確認する3つの相手

1.前テナント

  • 消防や行政からの指導
  • 火災、漏水、排水詰まりなどの事故歴
  • 故障中または修理を先延ばしにしている設備
  • 臭い、煙、騒音などの近隣トラブル
  • リースや借入金が残っている機器

口頭だけでなく、設備一覧と告知書を作り、書面で回答を受けます。

2.貸主・管理会社

  • 営業できる業種と営業時間
  • ダクト、看板、室外機、屋上などの使用承諾
  • 設備の所有者と修理・撤去責任
  • 原状回復の範囲
  • 造作譲渡を承諾しているか

3.専門業者・行政

  • 消防設備と過去の指導
  • 保健所の営業許可基準
  • 深夜営業の可否
  • ガス、水道、電気、排気の容量
  • ダクトや給排水管の経路
  • 必要な追加工事の費用と期間

設備容量については「【10~15坪の飲食店開業】ガス・水道・電気・排気で失敗しない設備チェック」も参考にしてください。

まとめ 「前の店ができていたから大丈夫」は危険

居抜き物件は、設備や内装を再利用できる便利な仕組みです。

しかし、前の店が営業していたという事実は、設備が安全であることや、自分も同じ営業ができることを保証しません。

消防とダクト越境の事例では、前テナントが不都合な事実を伝えていませんでした。深夜営業の事例では、借り手が前の店の営業実態を信用し、契約条件の確認を怠っていました。

重要事項説明だけで安心せず、建物と賃貸条件は貸主側へ、造作と設備は前テナントと専門業者へ、営業の可否は消防署・保健所・警察などへ確認してください。

居抜き物件では、契約前に問題を見つけることが、最も費用のかからない対策です。

□ 参考資料 □

※本記事は実際の事例を基にした一般的な情報です。告知義務や契約上の責任は、当事者が知っていた事実や契約内容などによって異なります。個別案件については、宅地建物取引士、弁護士、行政機関等へご確認ください。